事務所便り

投稿者:事務局

疎開のころ

| 2019年5月27日new!

新元号が発表されたのを見て考えてみました。若し年号というものが、時の流れの中で何らかの区切りの役割を持つとするのであれば、一九四五年の戦争終結は、別の結節点としての意味を持つのではないか。今その頃を振り返って若干の思い出を誌す試みも、あながち無意味でもないのではないかと。小学校四年生当時の昔話ですが、ご笑読下されば幸いです。

*  *  *

初秋の晴れた朝、神戸駅を発った生徒たちは、たぶん初めての単線を走る蒸気機関列車の窓から見なれぬ風景に驚きながら、姫新線の津山駅に着いた。その日から四年生、五年生、六年生の男子生徒と先生方は、お寺の広間での集団生活が始まった。

 

三年前の一九四五年(昭和16年)12月8日に英国や米国との戦争が始まり、戦況が進むうちに、いつなんどきの敵機の神戸来襲に備えて、少国民の命を考えて、親たちのもとを離れる学童の集団疎開となり、中国山地にある津山のお寺での集団生活が始まることになった。

 

日当たりの良い畳敷の長い空間が生徒たちの起居と食事や放課後の生活の場となった。お寺の前庭での朝礼は、五つの班(小隊)に分かれた生徒たちの点呼から始まる。五つの班を統率する中隊長はIさんである(神戸の校区では黒潮会という小学生の早起き会があり、海軍体操と呼ばれる、やや程度の進んだ体操が毎朝行われ、その会長はIさんであった)。朝の体操の前に天皇陛下のおわす宮城への遥拝があったかどうかははっきり覚えていない。時には行軍の練習があったり、白と赤の旗を持って手旗通信の練習もなされた。また、モールス信号の(イ)・-、(ロ)・-・-、(ハ)-・・・(イトー、ロジョーホコー、ハーモニカ)、などの暗誦用長音「-」、単音「・」の意味が判りはじめていた。

 

夕食は、本堂の前の横に長い空間の長机に並んで、K先生の唱導で「一滴の水は天地御徳の潤い、一粒の米は万人労苦のたまもの、一口ごとに国の恵みと親のご恩を噛みしめて有難くいただきます。」と唱和して始まった。

 

食後には歌の発表もあり、流行歌や軍歌などが次々と出るようになり、「予科練のうた(若い血汐の予科練の七つボタンは桜に錨・・・)」は、よく歌われた。同級生のT君は、背を丸めておとなしかったが先生に当てられると、おおらかな声で終わりまで野崎小唄を歌ってくれた。はじめて聞かされ、今でも覚えている(野崎まいりは屋形船でまいろ。お染久松せつない越えて・・・)。T君はおばあちゃん子で、家でよく歌になじんでいたのかもしれない。第五班の班長のAさんは、「ルンペンの歌」を歌ってくれた(酔った酔ったよ五勺の酒で・・・すっからかんの空財布ふってもルンペン呑気だね。)。

 

四年生の授業は、第三小学校三階の図書室で行われたように思う。国史の時間では、神武天皇の始まり、スイゼイ、アンネイ、イトク・・・オウジン、ニントク・・・明治、大正、今上(昭和)天皇に至る一二四代の暗誦が試みられたが皆難しかった(もとより、平成、令和などはない。)。唱歌では、Y先生が「昼」という歌を教えて下さった。今でも口ずさむことがある。「歌に疲れ、文に倦みて、たづさえ行くや春の野、小川のね芹、おし分け逃ぐる小鮒の腹白く光る。」勉強を離れてゆっくりしなさい、との声かもしれない。

 

放課後であったのか休日であったのか、班の子たちが川向こうの広々とした野を散策していた折のこと、N君は野壺にはまってしまい、べそをかきながらお寺の井戸端でおばあちゃん(住職のお母さん)から釣瓶の水を何ばいも浴びせられ、閉口していた。

 

無口なM先生は絵の受持であり、がんさい(石絵具)を使い、よく部屋で私たちの生活を画いて下さった。ある日のこと、お寺を抜け出して鉄道線路伝いに神戸へ帰ろうと寺を出た少年がいた。M先生は探しに寺を出て、どうやって見つけられたのか、「○○○○オッタ、マエダ」という電報が寮母さん(住職の奥さん)のところに届き、みな安心することができた。虱がわいて児童に拡がっていた。身に覚えがないと信じていた僕もみんなの前で下着を脱いでみると果たして虱が出てきた。仲間のシャツ、パンツはお寺の大きな窯で茹でられることになった。両方の親指の爪で卵や虫をプツンと潰したりが上手になったが、下着の裏側や親が編んだ毛糸シャツの網目ごとに産みつけられている卵には往生した。

 

親の面会があった児童は、仲間から羨ましがられた。面会の時に貰ったお金で疎開の児童はその頃外で食べ物を買える店が見つけられず、ひもじさ凌ぎに薬局店で噛みでのあるワカモト、ビオフェルミンなどの消化剤の錠剤を買ってきて、それを噛み飢えを凌いだ気になっていた。錠剤用のガラスびんは、取り集めた虱の容器となった。それまで親の面会がなかった僕は、自分はホン子(実の子)ではないのでは、と葉書きに書いたのを受け取った父は、数日後、汽車の切符の配給を受けて、積雪のことを思い編み上げ靴を履いて会いに来てくれた。持ってきてくれたハッタイ粉や干し芋は有難かった。

 

その後、戦局は悪化し、姫新線の中心市であるこの津山も到頭敵機の襲来を受けるのではないかということで、疎開児童は一駅西にある院の庄という駅から山奥に入った極楽寺へ再疎開をすることとなった。先生も減って、K先生とだんご鼻のY先生二人となった。K先生のあだ名はカッパで、野外を歩くとき蜂が飛ぶのを見ると、糸をつけ巣を見つけると蜂の子を採って蜂の子めしを作るのだ、などと話してくれた。一年生の時からずっと音楽を受け持ってこられた。極楽寺を下って麓の農協からリヤカーを押して叺(かます)一俵の大麦を大切に寺へ運んだりした。

 

院の庄の学校の講堂で兵隊さんの慰問にと二人の生徒が即興で漫才を演じたこともあった。稲刈の頃の一日、疎開児童が村の人家に一夜分宿して腹いっぱい食べさせてもらったことがある。村のUさんの家で牛の肉などが煮込まれ、それをしこたまいただいて泊まった夜中に、食べ過ぎたお腹のものを牛小屋の敷藁の中に吐瀉したのを恥ずかしく覚えている。
極楽寺で風雨の激しい(台風?)翌日には、すぐ下の池のまわりの土に鮒などがあがって腹を見せていた。これがバケツに満ち、みんなで焼いて食べる。その時は骨も目玉も食べつくし、皿の上には何も残らなかった。疎開生活を通じ焼きたての魚を食べたのは、この時だけだったかもしれない。

 

何となく日本が戦争に負けたらしいと伝わっていたある日、お寺の若様が復員された。予科練からと聞いていた。境内や川原でボールを放り投げたり、捕球を教わっていた。
それからしばらく後のこと、とうとう学童疎開が終わることになった。そして、ある日、疎開の生徒たちは津山駅近くの吉井川の川辺で列車の出発を待っていた。そのとき、五年生になっていた私たちは、もうこれ切り会えないものと思った。津山で撮ったわずかの写真を見せ合っていた生徒たちもいた。

 

とっくに暗くなって列車が神戸駅に着くと辺りは真暗であった。親の迎えを受けたあと生徒たちはそのまま別れ別れとなった。町は真暗闇で焼跡の地面が拡がっていて、道すがらガスの漏れた匂いが暗闇の中で蘇った。

 

このような姿で疎開の時は終りとなった。          (弁護士 浦島三郎)

 

(ニュースレター平成31年春号より)

事務局

小さな手の思い出

| 2019年3月4日

 もう数十年前、高度経済成長が盛期に入る少し前で、国内でも地方の端の地域ではその潤いがまだ行きわたってなく農業も担い手がそれほど老人化していない頃のこと。申立人(訴訟では原告)は二児の母親で、相手方(被告に相当する)は申立人の夫である。まだ幼い二児は父親である相手方とその母(祖母)のもとで養育されている。これは裁判官として私が担当した離婚調停での一期日のことである。

 申立人は九州の遠く離れた実家で父親と暮らしている。相手方は本州のとある町で二児とその祖母らと生活している。調停の期日はこの町に所在する家庭裁判所支部で開かれた。
 しかし、この日に指定された調停期日の時刻に相手方は出頭しなかった。種々の理由があるのか不出頭の意向は強いようである。このままでは離婚を求める調停は、当事者である相手方の不出頭を理由に不調となる他はない。そうなれば申立人が今後は原告となり改めて離婚を求める裁判(離婚訴訟)提起しなければならなくなる。

 申立人から聞くところでは、申立人は調停期日への出頭のため九州での辺境の土地から列車や航空機を乗り継いで来たもので、収穫した米の一俵を売って旅費を捻出したようである。かくなる上は何とか相手方と協議し同意を得て調停による離婚を成立させることができないか、私の苦慮が始まった。

 ふとひらめいたのは、出頭しない相手方の住居へ申立人と一緒に赴き、何とか現地調停を試みる途が少しは残されていないかということであった。ここで私は、経験豊かな家事事件書記官の助力を得て、相手方の自宅を急遽訪れる方法を取ることに踏み切った。こうなると申立人を伴って相手方の住まいに上らせて貰えるか否かが、最初の関門となる。

 途次の天候にも恵まれてか、相手方の家族へ礼をつくしたうえ、ようやく申立人・書記官を同道し相手方の家庭に上げて貰うことができた。相手方の母親(姑さん)の種々の不満と意見も聞かせて貰うことができたうえ、申立人と相手方とはその場で話し合い、とうとう調停離婚の成立に漕ぎつけるに至った。相手方の家庭でそれまでどおり二児が養育されるという現地調停による離婚の成立であった(幼く小さい二人の幼児は、両親が「離婚」することの意味も、自分の未来がどうなるかということも、知り理解すること自体できない)。

 日没にはまだ遠い午後の一刻、私たちと申立人はタクシーに乗り込んだ。本能的に産みの母との別離を悟ったのであろうか、幼い二児は高く手を挙げて並び、母親が遠くへ去ってゆくのを全身でこれを受けとめ、両手を振っていた。           (弁護士 浦島三郎)

(ニュースレター2018年創刊号より)

事務局

さよならウォーターサーバー、こんにちは電気ポット

| 2015年12月14日

当事務所ではちょうど1年ほど前から温水/冷水用にウォーターサーバーを利用しておりました。

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お試し無料で1ヶ月ほど試用して、そのまま使い続けてきたパターンです。

 

ウォーターサーバーって、いつでも温水/冷水が飲めるということで、それなりに便利なんですけど、不便な点もあります。

一番不便な点は、温水の温度が低いこと(うちで入れていた機種だけの問題かもしれませんが)。

コーヒー、お茶程度ならいいんですが、カップラーメンを作るには温度が足りない。

なので、その場合は別に電気ケトルを使ってお湯を沸騰させていました。

これがなんとも無駄な手間なんですね。

 

あと、不便というか「もったいない」点として4点。

 

まず、冷水ってほぼ使いません。

今年ひと夏ウォーターサーバーで過ごしましたが、事務所内で冷水を使うことってほとんどないのです。

冷たいお茶は市販のペットボトルで用意してますし、冷たいコーヒーもしかり。

氷を作るぐらいでしょうか(それでもどうしても必要ではありません)。

 

それから、電気代。

温水/冷水を一定温度に保つために24時間365日通電してるわけですから、それなりの電気代がかかっています(実際正確に計測したわけではないですが、電気ポットのように使う時だけ通電しているのと比べると電気代が増えるのは確実です)。

 

そして、水代。

当事務所が利用しているところでは、11.35リットルボトルが1400~1200円ですから、1リットル換算で100円以上はする計算です。

市販のミネラルウォーターだと、安いもので1リットル40円切ってます(配送料考慮しても50円ちょっと)。

 

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↑こちら12本(24リットル)で現在価格924円。

 

最後に、場所。

ウォーターサーバーってやっぱり大きい。かなりの場所を取ります。大きな会社で広いフロアがあるようなところなら別ですが、個人事務所であの大きさは「もったいない」。

 

と、いうわけでウォーターサーバーは(当事務所にとっては)あまりメリットがなかった、ということでちょうど1年でレンタル解除となりました(本日回収されていきました)。

 

となると、今度は電気ポットが復活するわけですが、実は古いポットはずいぶん昔に購入したもので、1年以上使っていなかったこともあって、中がかなり傷んでいます。そこで、電気ポットを新調することになったわけですが、調べると、今は色んな種類があるんですね。

安いものは5000円ぐらいから。昔ながらの単純な機構で、軽くて故障が少なそうです。しかし、電気代はそれなりに食います。

高いものは2万円ぐらいするVEと呼ばれる機構(要は魔法瓶ですね)が付いている高機能タイプ。節電機能もバッチリです。しかし重さは多少あります。

で、うちはどうしようかと考えたところ、電気ポットはメンテナンスをきっちりすればかなり長期間使えるもの(10年ぐらいはあたりまえ)なので、初期費用はあまり重視しないことに。

色も考慮して、候補こんな感じ。

 

象印 VE電気まほうびん CV-VT40-NL
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象印のVEタイプ、「優湯生」シリーズ。再沸騰時間が短い高ワットタイプです。

 

象印 電動ポット 5.0L グレー CD-PB50-HA
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こちらも象印。VEタイプでないけど5リットルの容量があります。

 

前者の特徴は何と言っても高速沸騰が可能な点。1300Wのハイパワーです。後者は5リットルの大容量があるので一日湯替えしなくてよさそうなのがメリット。両者の差額は現時点では3000円ほどです(優湯生が高い)。

 

で、総合考慮の結果、長期間使うことを前提に、価格コムやAmazonなどの評価も参考に、VEタイプで節電が期待できそうな優湯生 CV-VT40-NLをセレクトしました。

POINTは、
・1300ワットのハイパワーで再沸騰が早い
・4リットルの大容量なので継ぎ足しの回数を減らせる
・魔法瓶タイプで電気代が節約でき、長年使うほどお得
・最上位機種でありつつ型落ちなのでほぼ底値で安い

実は優湯生シリーズは新型が出ており、本機は既に型落ちになっているのです。ところが、新型にはハイパワーかつ4リットルタイプというものがラインナップされておらず、本機の直接の後継機というのが見当たりません。なので今回は型落ち上等!ということで滑り込みでの注文となりました。(^^)

 

電気ポットって、どれもそんなに変わらない印象があったんですが、実はいろいろと進化してるようですね。新しいポットの使い心地が楽しみです。

事務局

外壁改修工事が始まりました

| 2015年11月24日

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当事務所の入っているビルはけっこう古く、外壁にクラックや雨漏りが出るおそれがあるということで、この連休で足場を組んで、本日より外壁の改修工事が始まりました。

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ついでに事務所の窓の開きが悪かったので、すべての窓のメンテナンスをしてもらいました。
おかげで、以前は固くてなかなか開かなかった窓が、スムーズに開くようになりました。(^^)

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12月下旬ごろまで工事が続く予定です。それまでビルの周りに足場とシートが掛けられて薄暗い感じになってしまいますが、しばらくは我慢です。

ご来所いただくご相談者様にも工事中はご迷惑をお掛けすると思いますが、何卒ご理解とご協力を賜りますようよろしくお願い致します。

事務局

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