弁碁士の呟き

私と囲碁(33) 秀行塾開講記念「プロアマオープン早碁トーナメント」(上)

| 2015年3月19日

new_天満倶楽部_01 1987(昭和62)年春のことだった。たしか弁護士会の役員からだったかと思うが、藤沢秀行名誉棋聖がアマチュア向けに門戸を開き「秀行塾」と銘打って囲碁指導を始めるに当たり、大阪で開講記念のイベントとして「プロアマオープン早碁トーナメント」を開催するので、私に出場して欲しいとの話があった。青天の霹靂のようなものだったが、恐らく主催者からの推薦依頼によるものだったのであろう。丁度この前年度の大阪弁護士会第9回囲碁大会で私が2回目の優勝をしたところだったので白羽の矢が立ったものと思われる。また、その前年に石井邦生先生の推薦で日本棋院から6段の免状を頂いたばかりだったので、貴重な経験になると思い、おこがましくもこの話に乗ることとしたのであった。資料はもらっていなかったので、果たしてどのような顔ぶれが集まるのか見当もつかず、成り行きまかせの無謀なチャレンジだった。

 同年5月10日(日)午後、森野節男9段主宰の「天満倶楽部」に赴き、内容記載の会報をもらったところ、双方8名づつでプロ側は14歳から20歳までの若手棋士、アマ側は田口哲朗元アマ本因坊はじめ各界の強手揃いであった。会場設営の碁盤並べなどは若手棋士が担当していたが、中に甲斐甲斐しく立ち働いていた美少女の姿が印象的であった。この乙女がその後女流本因坊4連覇を果たし、今私が逢坂貞夫元大阪高検検事長主宰の「行友会」で時々教えを請う吉田美香8段の16歳初段の頃の姿であった。(続)

 

赤沢敬之

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