,法律よもやま話

(その3)巻頭言

2019年1月28日

興福寺五重塔

 

 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、お正月なので、少し構えたお話をすることをお許しください。法学の一つの分野に法哲学というのがあります。これは、「法とは何ぞや」というテーマを追究することを目的とした学問で、古来、何人もの学者がこの問いに答えてきました。18世紀フランスの法律家モンテスキューによれば、法とは「事物の本性に由来する必然的関係」であり、20世紀ドイツの法学者ラートブルッフによれば、法の理念は「正義」です。そして、これがマルクスになると、「支配階級が被支配階級を強圧的に支配するための手段」が法ということになります。

 私も、日々、法に関わる仕事をしている身ですが、あらためて「法とは何ぞや」と聞かれると、なかなか一言で言うのは難しい。そこを押して言えば、法とは「皆を幸せにするもの」ということになるでしょうか。それは、法とはそういうものであって欲しいという私の願望でもあります。

 と言っても、お金を儲けることが幸せだと思っている人に、法がお金を儲けてくれるわけではなく、また、病気が治れば幸せだと思っている人に、法が病気を治してくれるわけでもありません。法に出来ることは、万人にその機会を平等に与えようとすることだけです。そのために、例えば、一部の人が商品の価格を不当につり上げてぼろ儲けをしておれば、独占禁止法という法律で、それを除外して誰にでも儲けるチャンスを与えようとし、また、病気になって困っている人がおれば、健康保険法という法律で、誰でも安く医療を受けられるようにするわけです。でも、それでその人が本当に幸せになれるかどうかは、最後は、その人の努力にかかっており、法とは、それをほんのちょっと手助けするだけです。

 そんな非力な法ですが、それで助かる人も少なくないはずです。そのことを信じて、今年一年、また弁護士業務に取り組みたいと思っています。

 今年一年が、皆様にとって、よい年になることを願っています。

(ニュースレター2018年新年号より)

井奥圭介

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