法律よもやま話

(その17)民法(親族関係)の改正

2023年9月1日

1 はじめに
 令和4年12月10日の第210回国会で、民法の親族関係に関する以下の改正が行われました。
①懲戒権に関する規定等の見直し
②嫡出推定規定の見直し・女性の再婚禁止期間の廃止
③嫡出否認制度の見直し
④認知無効の訴えの規律の見直し
 このうち、①の懲戒権に関するものは既に施行され、残りは令和6年4月1日から施行されることになっています。

2 懲戒権に関する規定等の見直し
 改正前の民法822条には「親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲でその子を懲戒することができる。」という規定があり、この規定が児童虐待の口実に使われているという指摘がありました。
 そこで、今回の改正では、この規定は廃止され、代わりに、民法821条に「親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするに当たっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢及び発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない。」という規定を新たに置くことで、児童虐待の防止を図ろうとしています。
 ただし、民法822条が廃止されても、社会通念に照らして許容される範囲の正当なしつけは親権者の監護教育権の行使として行えると解されています。

3 嫡出推定規定の見直し・女性の再婚禁止期間の廃止
 改正前の民法772条には「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」(1項)、「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」(2項)という嫡出推定規定があったため、夫以外の者との間の子を出産した女性が、その子がこの規定により夫の子と扱われるのを避けるため、出生の届出をせず、無戸籍者発生の原因になっていました。
 そこで、今回の改正では、同条3項に「第1項の場合において、女が子を懐胎した時から子の出生の時までの間に二以上の婚姻をしていたときは、その子は、その出生の直近の婚姻における夫の子と推定する。」という規定が新たに設けられ、これにより離婚等の日から300日以内に生まれた子であっても、その間に母が再婚をしたときは、再婚後の夫の子と推定されるようになりました。
 また、上記の嫡出推定規定の見直しにより、父親の推定の重複がなくなりますので、「女は、前婚の解消又は取消しの日から起算して百日を経過した後でなければ、再婚をすることができない。」としていた民法733条は削除されることになりました。

4 嫡出否認制度の見直し
 改正前の民法では、夫の子と推定された子は、夫が、子の出生を知った時から1年以内に嫡出否認の訴えを提起することにより、推定を否認することができる、とされていました(旧774条~777条)。しかし、子や母には嫡出否認権が認められておらず、それが無国籍者発生の一因になっていました。また、1年間は、訴えを提起するための期間として不十分との指摘がありました。
 そこで、今回の改正では、夫に加えて、子や母も嫡出否認の訴えを提起することができるようになりました(新774条1項・3項)。また、改正前の民法の出訴期間は原則として3年間に伸長され(新777条)、さらに、子は、一定の要件を充たす場合には、例外的に、21歳に達するまで、嫡出否認の訴えを提起することができるようになりました(新778条の2・2項)

5 認知無効の訴えの規律の見直し
 改正前の民法では、「子その他の利害関係人は、認知に対して反対の事実を主張することができる。」(旧786条)として、利害関係を有する者は誰でも認知の無効を主張することができ、また、認知の無効を主張する期間の制限もなく、嫡出子に比べて、嫡出でない子の地位が著しく不安定であるとの指摘がありました。
 そこで、今回の改正では、認知無効の訴えの提訴権者を、子、認知をした者(父)及び母に限定し、出訴期間を原則として7年間としました(新786条)。

井奥圭介

(その16)匿名で裁判が出来るようになりました。

2023年5月1日

1 はじめに
 犯罪やDVの被害者などが加害者に対して損害賠償を請求しようとすると、訴状に名前や住所の記載を求められますので、相手方からの報復を恐れて提訴を躊躇するケースがあります。そのような場合に、これまでは、匿名にするのは無理でも、住所については代理人弁護士の事務所の住所等を記載するというような便法がとられることがありました。
 そこで、今般、そのような被害者が裁判を起こし易くするため、訴状で氏名や住所を秘匿することを正面から認める民事訴訟法の改正が行われ、今年の2月20日から施行されています。

2 住所等秘匿制度の概要
 具体的には、犯罪やDVの被害者など、裁判を申立てる者の住所、居所や氏名が相手方当事者に知られることによって社会生活を営むのに著しい支障を生じるおそれがある場合、裁判所は、申立てにより、住所等や氏名の全部又は一部を秘匿する決定をすることができるようになりました(改正法133条1項)。
 ただし、この申立てをする時でも、申立人(「秘匿対象者」)は裁判所には本人が記名押印した書面(「秘匿事項届出書面」)により真の住所・氏名等を届け出なければなりません(改正法133条2項)。そして、裁判所がこの申立てを認める場合は、真の住所・氏名等に代わる代替住所、代替氏名を定め、以後、それがその手続において秘匿対象者の住所や氏名として扱われることになります(改正法133条5項)。
 秘匿の申し立てについての決定が確定するまでは、秘匿事項届出書面は秘匿対象者以外の者には非開示とされますが(改正法133条3項)、もし秘匿を認めないという決定が確定した場合は、この書面も相手方当事者が閲覧等出来ることになりますので、注意を要します。
 秘匿決定が出された場合は、秘匿事項届出書の閲覧謄写等が出来るのは秘匿対象者に限定されます(改正法133条の2・1項)。

3 関連する改正
 秘匿事項届出書面以外の訴訟記録にも秘匿事項やそれを推知できる事項が記載されていることがありますので、裁判所は、申立てにより、それらの秘密事項記載部分の閲覧謄写等が出来るのを秘匿対象者に限定することができます(改正法133条の2・2項)。
 また、当事者以外の第三者が訴訟記録の閲覧等をする場合もありますので、裁判所は、第三者が秘密記載部分の閲覧等を行うことにより当事者が社会生活を営むのに著しい支障を生じるおそれがある時には、申立てにより、閲覧等の請求ができるのを当事者に限定することができます(改正法92条1項)。
 さらに、今回の住所等秘匿制度の新設は民事執行にも及び、損害賠償が認められた被害者が、加害者の銀行預金等を差し押さえて回収しようとした時に、債権者が住所等秘匿制度の適用を受けた場合は、銀行などの第三債務者は差押えの対象となった預金等を、直接債権者に送金する代わりに、法務局に供託し、債権者は法務局からその供託金の支払いを受ける供託命令の制度が新設されました(民事執行法161条の2)。

井奥圭介

(その15)所有者不明土地に関する法改正  ②所有者不明土地の発生予防

2023年1月1日

3 所有者不明土地の発生を予防するための方策
 所有者不明土地の発生を予防するために、以下のような不動産登記法の改正と相続土地国  庫帰属制度の創設がなされました。
(1) 不動産登記法の改正
ア 相続登記の義務化
(ア) これまでは、土地や建物の所有者について相続が発生しても、相続登記をするかどうかは任意とされ、これが所有者不明土地が発生する大きな原因になっていました。
   そこで、改正後の不動産登記法では、相続・遺贈・遺産分割を原因として所有権の移転が生じた場合は、相続人に3年以内に相続登記を申請することが義務づけられました(76条の2)。正当な理由がなくこれに違反した時は10万円以下の過料が科されます(164条1項)。
(イ) しかし、いざ相続登記を申請しようとすると、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本類を取り寄せるなど、煩瑣な作業が必要となります。                                                                 そこで、改正後の不動産登記法においては、そのような相続人の負担を軽減するために、相続人が、相続登記に代えて、登記官に対し、自らが登記名義人の相続人であることを申し出れば、相続登記の申請義務を履行したものとみなされる相続人申告登記制度が創設されました(76条の3)。
(ウ) さらに、①遺贈の場合でも受遺者が単独で相続登記を申請できるようにしたり(63条3項)、②存続期間の満了等により消滅している賃借権等の抹消登記を除権決定を得る方法でし易くしたり(70条2項)、③解散した法人に対する担保権の抹消登記を単独で申請できる場合を認めたり(70条の2)など、登記手続の簡略化がはかられています。
イ 登記名義人の死亡等の事実の公示
 これまでは、土地や建物の所有権登記名義人の氏名や住所が変更しても、変更登記の申請がされない限り、登記簿上は変更後の氏名等が分からず、土地利用を阻害する原因となっていました。
 そこで、改正不動産登記法では、①氏名等の変更登記の申請を義務化し(76条の5)、②登記申請漏れを無くすために、登記名義人またはその相続人等がその名義で登記されている不動産の一覧(「所有不動産記録証明書」)の交付を法務局に請求できるようにしたり(119条の2)、③登記官が、他の公的機関から氏名等の変更情報を取得して、職権で変更登記を行う仕組みを導入したり(76条の6)などの措置がとられました。
(2) 相続土地国庫帰属制度の創設
 人口減少等を背景に土地の需要が縮小し土地価格も下落する中、相続しても、自ら使用することも換価処分することも出来ず、あげくには適切な管理のされないまま放置される土地が増えています。そこで、相続された土地が将来管理不全状態となることを防ぎ、所有者不明土地の発生を抑制するために、土地所有者が土地の所有権を放棄し、国庫に帰属させる制度が創設されました(「国庫帰属法」)。
 この制度を利用できるのは、①相続や遺贈により土地所有権を取得した人に限られ、②建物が建っていたり、境界紛争があるような土地は除かれ、③崖地や地中埋設物のあるような土地も除かれ、④申請者は一定の負担金を国庫に納付することが必要です。

井奥圭介

(その14)所有者不明土地に関する法改正 ①利用の円滑化

2022年9月2日

1 はじめに
 過疎化や核家族化の進行により、相続が発生しても相続の手続が行われず、その結果、所有者が不明の土地が増え、その総面積は、一説には、今や九州を超えていると言われています。こうした所有者不明の土地が増えると、民間の不動産取引にも、公共事業の実施にも、大きな支障となり、経済活動が阻害されます。
 そこで、政府は、この所有者不明土地問題に対処するため、令和3年4月21日に、「民法等の一部を改正する法律」と「相続等により取得した土地所有権の国庫への帰属に関する法律」という二つの法律を制定しました。そこで目指されたものは、大きく、(1)所有者不明土地の利用の円滑化を図るための方策と、(2)所有者不明土地の発生を予防するための方策に分けられます。

2 所有者不明土地の利用の円滑化を図るための方策
 所有者不明土地の円滑かつ適正な利用の仕組みを整備するため、以下のような民法の改正が行われました。
(1) 土地・建物の管理制度の創設
 土地や建物の所有者の所在が分からない場合や相続人が不明の場合、現行の民法でも、不在者財産管理人や相続財産管理人の制度があります。
 しかし、これらの制度は、不在者や被相続人の全ての財産を管理する必要があり、管理人の負担が重くなり、また事務手続も煩瑣になるという問題があります。
 そこで、改正法では、個々の土地や建物について、裁判所が所有者不明土地・建物管理人による管理を命じる制度が創設されました(改正民法264条の2・8)。
(2) 管理不全土地・建物の管理制度の創設
 上記の所有者不明土地・建物管理制度では、所有者は判明していても適切な管理がされていないというような場合には対処できません。
 そこで、改正法では、所有者による土地・建物の管理が不適当であるため他人の権利や法律上の利益が侵害され、またはそのおそれがある場合は、裁判所が管理不全土地・建物管理人による管理を命じる制度が創設されました(改正民法264条の9・14)。管理不全土地・建物管理人は、裁判所の許可を得て、当該物件を売却することも認められています。
(3) 共有者不明の場合への対処
 土地や建物を複数の人が共有している場合に、共有者の中に連絡のつかない人がいると、共有物の利用に関する意思決定や共有関係の解消が出来ないといった問題が生じます。
 そこで、改正法では、共有者の一部に連絡がつかない人がいる場合に、裁判で、それ以外の共有者で共有物の変更や管理を行える制度が設けられました(改正民法251条2項、252条2項1号)。
 あわせて、その場合には、裁判で、連絡のつかない共有者の持分を他の共有者が取得したり、その持分を含めて共有物全体を第三者に譲渡できる制度が設けられました(改正民法262条の2、262条の3)。これにより共有関係の解消が進むことが期待されます。
(4) 遺産分割未了状態への対処
 遺産分割がされずに長期間放置されると、各相続人の具体的相続分(特別受益・寄与分)を裏づける証拠資料も散逸し、分割協議が困難になります。
 そこで、改正法では、そのような弊害を避けるため、相続開始から10年を経過した後は、相続人は、それまでに家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てていない限り、具体的相続分を主張することが出来ず、法定相続分に基づいて遺産分割を行わうことにしました(改正民法904条の3)。
(5) 隣地等の利用・管理の円滑化のための対処
 隣地との境界付近で塀や建物等を築造するのに隣地を使用する必要がある場合、現行の民法では予め隣人の承諾を得ることが必要との考え方が有力でした。
 しかし、これでは隣人に連絡がつかない場合は承諾を得ることが出来ませんので、改正法では、予め、使用の目的、日時、場所及び方法を通知する(連絡先が不明のため予めの連絡が出来ない場合は、連絡先が分かった時点で通知すれば足りる)だけで使用が認められることにされました(改正民法209条)。
 また、電気、ガス、水道等のライフラインの設置についても、事前に目的等を通知することにより、他の土地を使用できることが認められました(改正民法213条の2)。
(6) 施行期日
 以上の改正は、令和5年4月1日から施行されます。

井奥圭介

(その13)債権法改正⑥「売買」

2022年5月2日

 今回は、民法の債権法の改正のうち、売買についての説明です。売買に関してもいくつか注目すべき改正が行われましたが、最も重要な改正は売主の担保責任に関する改正です。

1 売主の担保責任とは
 売主の担保責任とは、売買契約にもとづいて売主が買主に納めた商品が完全なものではなかった場合に売主が買主に負う責任のことです。
 この売主の担保責任が問題になるケースとしては、例えば、(A)バナナを100本売ったうちの30本が腐っていた場合、(B)最高時速200キロまで出せるスポーツカーであるとして売ったのに170キロまでしか出せなかった場合、(C)500平方メートルの広さがある土地として売ったのに、実際には450平方メートルしかなかった場合、などが考えられます。

2 今回の改正のポイント
 売主の担保責任が問題になる場合について、改正前の旧法では、商品が特定物(当事者が物の個性に注目して売買した物)であるか不特定物(そうでない物)であるかで買主が請求できる内容に違いがあるとする考え方が有力でした。
 しかし、現代社会では、商品は大量生産され、不具合があった場合は、部品を交換したり代替品を用意したりして対応できるケースが多くなっています。また、問題になった商品が特定物なのか不特定物なのか区別が難しいケースもあり、そのどちらであるかで取扱いを分けることは合理的でありません。
 そこで、改正法では、商品が特定物であるか不特定物であるかにかかわらず、納付された商品が種類、品質や数量に関して契約内容に適合しない場合には、買主は売主に対して、①商品の補修、代替物の引き渡し等の履行の追完、②代金の減額、③損害賠償、④契約の解除、を選択して請求できるということに統一しました。
 以下、順番に説明します。

3 履行の追完
 買主は売主に対して、納付済みの商品の補修、代替分又は不足分の引渡しにより履行の追完を請求できます(562条1項本文)。例えば、冒頭のケース(A)では腐った30本の代わりのバナナを納品することを、ケース(B)では納品されたスポーツカーを200キロ出せるように修理することを請求できます。
 履行の追完の方法として、補修と代替物の引き渡しの双方が可能であるなど、複数の方法が選択可能なことがありますが(例えばケース(B)で、200キロ出せる同じ種類の別のスポーツカーがあり、それを納品することもできるような場合)、その場合には、まずは買主がどのような方法で追完するかを選択できます(562条1項本文)。それに対して、売主は、買主に不相当な負担を課すものでなければ、買主が請求したのとは異なる方法で追完することができます(ケース(B)の例で言えば、納品済みのスポーツカーの修理が容易で費用も安く済み、それで買主に特段の不利益もないような場合は、売主は修理で対応することができます)。

4 代金の減額
 買主が売主に対して相当の期間を定めて履行の追完をするよう催告し、その期間内に売主が履行の追完をしないときには、買主は納付済みの商品が契約内容に適合しない程度に応じて代金の減額を請求できます(563条)。
 履行の追完の催告が必要とされたのは、売主によって出来るだけ本来の契約内容どおりに完全な履行がされることが望ましいので、売主に履行の追完の機会を与えるためです。
 しかし、履行の追完が不能であるとき(冒頭のケース(C)の場合)や、売主が履行の追完を拒絶する意思を明確に表示している時などには、売主に履行の追完の機会を与える必要がありませんので、買主は催告をせずに代金減額請求をすることができます(563条2項)。

5 損害賠償・契約の解除
 納品された商品の契約内容との不適合が売主の責任で生じた場合は、買主は売主に対して損害賠償を請求できます。この場合の賠償の範囲は、信頼利益(完全でない商品を完全なものと信頼したために買主に生じた損害)にとどまらず、履行利益(売買が完全に履行されていたら買主が得たであろう利益)に及びます。
 また、買主は、売主に対して履行の追完の催告をした上で、売買契約を解除することもできます。(以上について、564条)
 ただし、買主が4の代金減額請求権を行使した場合は、減額された代金に見合った商品が納められたものとみなされることになりますので、さらに損害賠償の請求や契約の解除をすることはできません。

井奥圭介

(その12)債権法改正⑤「保証」

2022年1月6日

 今回は、民法の債権法の改正のうち、保証についての説明です。保証に関しても、以下のとおり、いくつか注目すべき改正が行われました。

1 保証の内容の条文化
 保証とは、主債務者が債権者に対して債務の履行をしない場合に、保証人がそれを履行する責任を負うものです。
そこで、保証人の知らないうちに負担が加重されるようなことがあってはいけませんので、保証契約の締結後に主債務者と債権者との合意で主債務の内容が加重されたとしても、保証人の負担は加重されないことが条文で定められました(448条2項)。
 また、保証債務は、あくまで主債務の履行を担保するものですから、主債務者が債権者に対して何らかの抗弁を主張できる場合は、保証人もそれを主張できることが条文で定められました(457条2項)。

2 保証人に対する情報提供義務の新設
 これまで、主債務者が倒産して不払い状態となっていても、保証人がそのことを知らず、債権者から請求を受けた時には多額の遅延損害金が発生していた、というようなことがありました。
 そこで、保証人がそのような不測の損害を被らないようにするために、改正法では、保証人が主債務者の委託を受けて保証した場合は、債権者は、保証人の請求があれば、遅滞なく、主債務の元本、利息、違約金、損害賠償等の支払いの不履行の有無、残高など、主債務の履行状況に関する情報を提供しなけばならないことが定められました(458条の2)。
 同様に、保証人が個人である場合は、主債務者が分割金の支払を遅滞するなどして期限の利益を喪失した場合は、債権者は、そのことを知った時から2箇月以内にその旨を保証人に通知しなければならず、その通知をしなかったときは、保証人に対し、通知をするまでに生じた遅延損害金を請求することができないこととされました(458条の3)。
 さらに、ある人の保証人になるかどうかを判断するには、その人の財産状況を知っておく必要がありますので、改正法では、債務が多額になり得る、事業のために負担する債務についての保証を個人に委託する主債務者は、①財産及び収支の状況、②主債務以外に負担している債務の有無や額、履行状況、③主債務の担保として他に提供し又は提供しようとするものがあれば、その旨と内容に関する情報を提供しなければならいことが定められました(465条の10-1項・3項)。

3 公証人による保証意思確認の手続の新設
 事業のために負担した貸金等の債務についての保証では、保証債務の額が多額になりがちなため、主債務者が倒産した場合には保証人の生活まで破綻してしまうリスクがありますが、保証人の中には、そのことをよく自覚せず、安易に保証人を引き受けてしまった例も少なからずあることが問題になっていました。
 しかし、他方で、中小企業が、保証人を見つけられないために融資を受けにくくなる事態も避けなければなりません。
 そこで、改正法では、保証人が個人である事業のために負担した貸金等の債務についての保証契約では、公的機関である公証人が保証人になろうとする者の保証の意思を事前に確認することとした上で、その意思確認をしていない保証契約を無効としました(465条の6等)。

井奥圭介

(その11)債権法改正④「賃貸借」

2021年9月1日

 今回は、民法の債権法の改正のうち、賃貸借についての説明です。賃貸借に関しても、以下のとおり、いくつか注目すべき改正が行われました。

1 賃貸借の期間
 賃貸借の期間は、以前は、借地や借家を除いて、最長20年とされていました。しかし、  現代では、例えば太陽光発電用の土地の賃貸借などのように、20年以上の期間とする現実的ニーズもありますので、改正民法では最長50年に伸ばされました(第604条)。

2 賃借物の修繕
 改正前の民法では、借家などの賃借物を修繕する必要が生じた場合は、賃貸人が修繕義務を負うと規定するだけで、賃借人の方で修繕することを認めた規定はありませんでした。
しかし、これでは、いくら言っても賃貸人が修繕をしてくれない場合、賃借人は困ることになります。
そこで、改正民法は、①賃借人が賃貸人に修繕が必要なことを通知したか、賃貸人がそのことを知ったのに、相当の期間内に修繕をしないときや、②急迫の事情があるときには、賃借人の方で修繕することを認めました(第607条の2)。

3 賃貸人の地位の移転
 土地や建物などの不動産が人に賃貸されたまま売買等されることがありますが、不動産の賃貸人の義務(賃借人に土地や建物を使わせる義務)は所有者であれば履行できますので、以前から、不動産の譲渡人と譲受人の間で合意をすれば、賃借人の承諾がなくても、賃貸人の地位は譲渡人から譲受人に移転すると解されていました。
そこで、改正民法は、この考え方を条文にし、賃貸借の対抗要件(建物の引渡し等)を備えていない賃貸不動産が譲渡された場合には、譲渡人と譲受人の合意で、賃借人の承諾無しに、賃貸人の地位を移転でき(第605条の3前段)、賃貸借の対抗要件を備えた賃貸不動産が譲渡された場合には、譲渡人と譲受人の合意も要らず、当然に賃貸人の地位が移転する(第605条の2第1項)と規定しました。
なお、どちらの場合も、敷金の返還義務は、賃貸人の地位の移転に伴って、譲受人に引き継がれます(第605条の2第4項、第605条の3後段)。

4 賃貸借終了時の賃借人の義務
 賃貸借が終了した際に、賃借人は賃借物を借りた時の状態に戻して返さなければなりませんが、この原状回復義務の内容について、改正民法は、通常の使用方法によって生じた賃借物の損耗や経年変化は含まれないことを明文化しました(第621条本文)。
また、賃借人が賃借物に附属させた物がある場合は撤去しなければなりませんが、分離することができない物や分離するのに多額の費用を要する物は撤去しなくてもよいと規定しました(第622条、第599条第1項但し書)。

井奥圭介

pagtTop