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2020年9月1日
「債権」とは、ある人(債権者)が他の人(債務者)に対して一定の行為を請求できる権利のことです。債権に対応する義務を「債務」と言います。
債権を発生させる原因としては、売買、賃貸借などの契約が最も重要ですが、他に、不法行為や不当利得などもあります。
この債権債務関係を規律するのが民法の債権法ですが、これにつきましても、令和2年4月から、大きな改正が行われました。
今回は、そのうちの時効に関する改正についての説明(その1)です。
1 2種類の時効
時効には、大きく、消滅時効と取得時効の2種類がありますが、債権法に関わるのは主に消滅時効です。
消滅時効とは、権利を一定期間行使しないままでいると消滅してしまうという制度です。
2 時効期間と起算点
消滅時効については、まず、時効期間(権利不行使の状態がどれだけ続けば権利が消滅するのか)と起算点(時効期間がいつから進行するのか)が問題になります。
改正前の旧法では、起算点は「権利を行使することができる時」とし、時効期間は原則として10年としながら、一定の債権について時効期間を3年、2年又は1年とする職業別の短期消滅時効の特例を設けていました。また、商法では、商行為によって生じた債権については消滅時効期間を5年としていました。
しかし、これらの特例については、消滅時効の適用関係をいたずらに複雑にするという批判がありました。
そこで、改正法は、上記の特例を廃止し、「権利を行使することができる時から10年間行使しないとき」(166条1項二号)には債権は消滅するという旧法の規定を維持した上で、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき」(166条1項一号)にも消滅するという規定を追加し、事実上、原則的な時効期間を5年にしました。これは、旧法で短期消滅時効が定められていた生産者や卸売商人の売買代金の時効期間が10年に伸ばされると、支払った証拠を残すために領収書を長期間保存しておかなければならなくなるといった不都合を避け、また、商行為債権については消滅時効期間を5年とする実務運用が根付いていることに配慮したものです。
この二つの規定により、権利行使が可能であることを容易に知ることができない債権については、10年間は債権者の知らないうちに時効が完成するすることを避けながら、それ以外の多くの債権については時効期間を5年に短縮できることになります。
2020年4月9日
平成30年7月の国会で決まった相続法改正の3つのポイントのうち、今回は、3つ目のポイントである相続人を含む利害関係人の実質的公平についての説明です。
関係者の実質的公平をはかるために、(1) 相続開始後遺産分割終了前に遺産が処分された場合に関する規律や、(2) 相続人以外の親族が被相続人の療養看護等の貢献を行った場合にその者に相続人に対する金銭請求を認める制度が設けられました。
被相続人が死亡し相続が開始された後、遺産分割が終了するまでに、遺産が処分されることがあります。例えば、父親の生前に父親のキャッシュカードを預かっていた子が、父親の死亡後すぐに銀行に行き、そのキャッシュカードを使って父親の預金を引き出してしまったというような場合です。
改正前の民法にはこういう場合にどうするかということを定めた規定はなく、他方で、遺産分割は遺産分割時に実際に存在する遺産を共同相続人間で分配する手続であるというのが伝統的な考え方でしたので、処分された遺産は遺産分割の対象からはずし、残りの遺産の範囲で分割するという取扱いがされていました(もっとも、遺産を勝手に処分することは、他の相続人に対する不法行為になりますので、他の相続人は勝手に処分した相続人に対して損害賠償請求等をすることは可能ですが、それには裁判を起こす必要がありました)。
そこで、改正民法は、新たに906条の2という規定を設け、その1項で、共同相続人全員の同意があれば、相続開始後に処分された遺産についても、遺産分割の対象とすることを認めた上で、2項で、遺産を処分したのが共同相続人である場合は、その他の共同相続人の同意があれば、処分された遺産を遺産分割の対象に含めることができることにしました。
これにより、前記の事例では、子が引き出した預金も遺産の総額に加えて各相続人の相続分を計算し、預金を引き出した子はその預金を取得したことで既に自らの相続分を取得したものと扱うことができ、別に裁判を起こすまでもなく、公平な遺産分割が実現できることになったのです。
例えば、被相続人が、生前に病気のため病院に長期入院しなければならなかったところ、自宅で献身的に看護する者がいたため、入院せずに済み、その結果、遺産が入院費用の支払いのために減少するのを免れたというような場合があります。
このように被相続人に対して療養看護等の貢献をした者が遺産から分配を受けることを認める制度として寄与分の制度がありますが、これは相続人にしか認められないため、例えば、相続人の配偶者が被相続人の療養看護に努めたことにより被相続人の財産の維持や増加に寄与しても、遺産の分配に与れないという不公平が生じます。
そこで、改正民法は、特別の寄与の制度を新設し(1050条)、被相続人の親族で相続人でない者が被相続人に対して無償で療養看護その他の労務の提供をしたことにより被相続人の財産の維持又は増加について特別の寄与をした場合には、相続人に対して寄与に応じた額の金銭(特別寄与料)の支払を請求できるようにしました。
特別寄与者が特別寄与料を請求するには、まずは相続人との協議になりますが、協議が整わない場合は、家庭裁判所に対して、協議に代わる処分を請求することができます。ただし、この請求は、特別寄与者が相続の開始(被相続人の死亡)及び相続人を知った時から6ヶ月以内及び相続開始時から1年以内にする必要があります。
2020年1月9日
平成30年7月の国会で決まった相続法改正の3つのポイントのうち、今回は、2つ目のポイントである遺言の利用の促進についての説明です。
遺言の利用を促進するために、ⅰ自筆証書遺言の方式緩和、ⅱ遺言書保管制度の創設、ⅲ遺言執行者の権限の明確化、などの改正が行われました。
(1) 自筆証書遺言の方式緩和
遺言書には、大きく、公証人に作成してもらう公正証書遺言と遺言者が自分で作成する自筆証書遺言の2つの方式があります。
公正証書遺言は、書面は公証人に作成してもらえ、また、その有効性についても公証人に公証してもらえるというメリットがありますが、作成するには公証人との打ち合わせや公証役場に出頭することが必要があり、また公証人の手数料がかかる等のデメリットもあります。
その点、自筆証書遺言は、一人で作成でき、費用もかからないというメリットがありますが、従来は、全ての内容を自書しなければならないこととされていたため、相続財産中に、例えば多くの不動産や預金などがあった場合は、その財産目録を手書きで作成するのに手間がかかるという問題がありました。
そこで、改正法では、財産目録の各頁に署名押印することを条件に、財産目録をパソコン等で作成したり、不動産の登記事項証明書や預金通帳のコピーを添付することでもよいとされました。
この改正は昨年の1月13日から既に施行されています。
(2) 自筆証書遺言書保管制度の創設
公正証書遺言の場合は、作成した公証役場に保管され、遺言者が死亡し相続が開始した時には、相続人は、遺言書検索システムにより、全国どこの公証役場からでも書遺言の有無を調査することができます。
これに対して、自筆証書遺言の場合は、従来は、そのような公的な保管制度はなく、遺言者が自分で保管するか信用のおける人に預けるなどする必要がありました。しかし、それでは、遺言者が死亡した後に遺言書の存在が顕かになるか不確実であり、せっかく遺言書を作成した遺言者の意思が生かされない事態にもなりかねません。
そこで、法務局における遺言書の保管等に関する法律という新たな法律が制定され、法務局に遺言書保管所を設け、そこに自筆証書遺言を保管することができるようになりました。遺言者から保管の申請があれば、法務局の担当官が、遺言書の方式を一定程度審査した上で保管し、相続人等から請求があれば遺言書保管事実証明書を交付します。これによって、相続人等が自筆証書遺言書の存在や内容を知る機会が確保されることになります。
この改正は今年の7月10日から施行されます。
(3) 遺言執行者の権限の明確化
遺言者が遺言書で遺言執行者を指定したり利害関係人からの請求にもとづいて家庭裁判所が遺言執行者を選任することがありますが、旧法では、この遺言執行者の地位や権限等について不明確な点がありました。
そこで、改正法では、遺言執行者には任務を開始した時点で遺言の内容を相続人に通知する義務があるとされるとともに、遺言執行者の一般的な権限として、遺言の内容を実現するために遺言執行に必要な一切の行為をする権利を有することが明らかにされました。
そして、遺言書で遺産を誰かに与える遺贈がされた場合にそれを履行する権限と義務は遺言執行者だけが有すること、遺言執行者は遺言にもとづいて単独で遺産の不動産についての登記を行えること、遺言書で預貯金を特定の相続人に相続させることにされている場合は遺言執行者がその預貯金の払戻しや解約をできること、遺言執行者は自らの責任で復代理人を選任できること、などが定められました。
これらの改正は去年の7月1日から既に施行されています。