私と囲碁 | 2026年1月13日新着
先述(コロナ後遺症との闘い)の経過を経て、11月23日に市谷の日本棋院で開催された第43回法曹囲碁大会に大阪弁護士会チームの一員として上京した。

東京市ヶ谷の日本棋院大会会場
同大会は、毎年11月23日に裁判所、検察庁、公証人と全国の弁護士会が一堂に会して団体戦ABCと個人戦を競う貴重な場である。第1回は昭和55年(1980年)に東京を中心に開催され、大阪弁護士会チームは第3回から参加している。偶々私は第1回の個人戦に参加して以来、8回大会を除き全回出場してきた。
コロナ禍による3年間の休会の後の一昨年の第41回大会は、これまでの参加者が200名位だったのが半減して驚かされたが、今回の第43回も更に減少し60名程であった。大阪チームも嘗ては15~20名程が大挙して上京していたが、これも再開後は減少し今回はAリーグ3名、個人戦1名に留まった。
大会の審判長は青葉かおり5段。審判が大西研也6段、謝依旻7段で、判定の傍ら指導碁を打たれる。
11月22日に新幹線で長男秀行の歩行補助を受けながら東京に向かい、千葉幕張の義妹宅で泊まり翌朝長男とともに会場に向かう。前夜の義妹の歓待に食欲も旺盛、コロナ後遺症もほぼ回復したようだ。
そして、23日午前11時、元最高裁判事の堀籠会長の開会挨拶、青葉審判長の挨拶、審判員紹介のあと、団体戦・個人戦の対戦開始、大阪Aチームのメンバーは私・竹内隆夫・吉岡稔浩さん、個人戦に岡本岳さん。持ち時間は45分で時間切れ負けとなる。
*
さて、最初に当たったのは東京弁護士会(東弁1)。私の相手はなんと昨年終盤の時間との戦いに苦杯を喫した65期の青年由岐洋輔さん。黒番で対局開始。序盤ははやりの現代碁で中央に大模様を展開したが、由岐さん慌てず騒がず本手で対応。痺れを切らして白の断点を切ったのが間違いのもと、逆に黒が分断され2眼を作るのに苦労する始末である。昨年とは異なり由岐さんたっぷり持ち時間も残しており、盤面大差でやむなく投了するほかなかった。
昼食後の2回戦の相手は東京第一弁護士会(一弁)の河野荘志さん、孫世代の77期で中央大学の囲碁部出身。20歳代の初々しい青年である。握って白番が当たり、今度はじっくりと地合いを確保しつつ中盤まで進んだが、中央の攻防で失着を重ね持ち時間もなくなり投了。河野さんの対局時計の使い方もうまい。
いよいよ3回戦。東京弁護士会(東弁2)の水津正臣さん(25期)で昨年も当たり白番中押勝ちだったが、油断できる相手ではない。今度は黒番。この対局が始まった頃、千葉松戸市に住む長女と孫二人が会場に姿を見せた。孫(男)2級は昨年も水津さんとの対局を観ている。

競り合いを制し破顔する筆者
この碁は、序盤から下辺で黒の陣地に入った白石の攻防で白が生きたあと中央の競り合いが続き、黒苦戦の展開となったが、中央の白の大石にコウを仕掛け、右辺の白の大石群にコウ材が多数あったため、なんとかこれを丸呑みして大逆転の勝利となった。持ち時間は双方ほとんどなく必死の時計押しだったが、今回はクリアできたのはせめて1勝だけはという執念の賜物だったのかもしれない。大阪チームは団体戦1勝2敗となった。
大会終了後、近くの私学会館で行われる東弁チームの懇親会に岡本さんと参加した。私の向かいに由岐さんと河野さんがいたので、昨年度大会の記事が掲載された「事務所だより」を二人に渡した。進行は参加者全員が順次スピーチをしたため、ゆっくりと話をすることができなかったのは残念だった。青葉かおり5段や大西研也6段も席を異にしたので対話できず、「便り」を差し上げるにとどまった。
最後近くの私のスピーチで、「この大会43回のうち42回参加したこと。恐らく最年長になったと思われるが、来年もまた参加できるように体調を整えたい」と挨拶し、午後7時ごろ岡本さんと東京駅に向かい、新幹線で無事帰宅した。
コロナ後遺症との闘いは、これをもってほぼ目的達成である。 (弁護士 赤沢敬之)
(ニュースレター令和8年新年号より)