事務所便り

知られない善意

| 2023年9月8日

残暑お見舞い申し上げます。例年にも増して猛暑の夏が終わろうとしていますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

さて、我々弁護士の仕事に「刑事弁護」と言って、犯罪を犯した(正確には、犯罪を犯した疑いをもたれた)人の処罰を少しでも軽くするために活動する分野があります。

私は、刑事弁護をそれほど多く手がけているわけではありませんが、弁護士会が運営している刑事当番弁護士に登録されているので、年に何件かは刑事弁護事件を受任することがあります。といっても、私に回ってくるのは、殺人などの重大事件ではなく、窃盗や傷害などの比較的機微な事件がほとんどです。その中でもかなりの頻度であたるのが覚せい剤を使用、所持することを罰する覚せい剤取締法違反の事件です。

6月のとある金曜日の当番日にあたった事件もそんな覚せい剤取締法違反の事件でした。被疑者(仮に「Aさん」とします)は四国出身の40代の男性、高校を卒業して地元で働いていましたが、田舎暮らしが嫌になり、25歳の時に大阪に出てきました。大阪では解体業の会社で働いていましたが、40歳の頃にリウマチを発症して働けなくなり、それからは自動車の窃盗等を生業にしていました。また、20代後半の頃から、覚せい剤にも手を出すようになりました。覚せい剤の特徴は中毒性が非常に強いことで、一度手を出すとやめられず、何度も使用を繰り返す人が多いのです。Aさんも、ご多分に漏れず、これまでに覚せい剤取締法違反で4回裁判を受けて、3回服役しており、最後に刑務所を出てから3か月も経たないうちにまた覚せい剤を使って逮捕されました。

私は、Aさんの国選弁護人に選任され、大阪近郊の警察署に勾留されているAさんへの接見を続けました。Aさんは罪は認めていましたので、裁判になれば実刑の判決が言い渡されるのは確実で、3年以上の懲役が見込まれました。そこで、私が警察で接見した際にAさんとする話は、今回を最後に覚せい剤と手を切れるのかどうかといったことが中心となりました。その点は、来る裁判でのAさんの量刑にも関わることでした。

しかし、Aさんは、これまでの4回の裁判で、その都度、裁判官の前で、もう二度と覚せい剤を使用しないと誓ったはずですが、それでも覚せい剤を使用し続けてきたわけですから、仮にAさんが「今回で最後にする」と言ったとしても、その言葉には説得力がなく、おそらく裁判官もそう思うでしょう。

そこで、私は、Aさんに、率直に、現在の心境を聞いてみました。そうしたところ、Aさんは、これまでの覚せい剤を通した人間関係がほとほと嫌になった、まだ間に合ううちに自分の人生をやり直したい、と言うのです。そして、どこで知ったのか、受刑者との文通を通して受刑者の更生を支援している団体や受刑者の就職先を紹介している雑誌などの名前をあげ、私に関係資料を集めて差し入れてくれるよう頼みました。

それらは私が名前を知らなかったものばかりでしたが、Aさんの熱心な依頼に応じて、そのうちの一つで、被疑者が勾留されている警察や拘置所まで面会に行き、被疑者の更生に向けて相談にのったりする活動をしているという団体に電話したところ、実際にAさんに警察まで面会に行ってくれることになりました。さらに、その団体は、出所後の犯罪者の自立訓練や生活訓練を行い、裁判で有利な証拠として使えるように、その団体が服役後の被告人の受け入れ先になることなどを報告書にして提出するというような支援活動も行っているということでした。団体の事業費は国からの補助や支援者からの寄付等でまかなわれているようですが、事業の性質上、金が儲かることは考えられず、純粋に薬物中毒者の更生を支援するという善意の目的で活動している団体のように見受けられました。

世の中に目を転じると、世界ではロシアのウクライナへの理由無き侵攻が続き、国内でも、中古車買い取り業者が顧客の車に故意にキズをつけて保険金を水増し請求したり、母親が自分の娘に食事を与えず入院させて保険金を受け取るなど、人間不信に陥りそうな悪意に満ちた事件ばかりがニュースに流れています。

しかし、その一方で、同じ社会の中には、このように、決してニュースで報道されることはないけれど、他人のために献身的に働いている人たちがいるということは希望をもたせてくれます。

Aさんには、自分の人生をやり直すために藁をも掴む思いで探しあてた団体につながり、その力を借りて何とか覚醒剤の呪縛から逃れられることを願うばかりです。そのために、私も、弁護士として、少しでも力になればと思っています。 (弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和5年残暑号より)

井奥圭介

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