事務所便り

投稿者:井奥圭介

近況報告

| 2026年8月10日新着

梅雨が明けたと思えば、軽々と30度を越える日々が続いています。外出の際には、娘に父の日のプレゼントにもらった日傘が重宝しています。

襲いかかる猛暑にはあっさり降参し、クーラーの効いた部屋で冷えたビールでも飲みながら、実りの秋を待つことにいたしましょう。

皆さん、くれぐれもご自愛ください。 (弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和8年夏号より)

井奥圭介

弁護士井奥圭介の寺社探訪(7)飛鳥寺(あすかでら)

| 2026年8月8日新着

本堂

▶ 所在地 奈良県高市郡明日香村飛鳥682
▶ 創 建  596年 (推古4年)
▶ 開 基 蘇我馬子
▶ 古代の豪族、蘇我氏の氏寺として創建された日本最初の仏教寺院で、寺名は、「法興寺」、「元興寺」、「安居院」とも呼ばれます。

創建時の寺は、塔を中心に東西と北に三つの金堂を配する日本最初の本格的寺院で、その外側に回廊をめぐらし、さらに講堂を含む壮大な伽藍でした。

しかし、旧伽藍は平安・鎌倉時代の火災によって焼失し、室町以降は荒廃しましたが、江戸時代に再建され、現在は、真言宗豊山派に属し、本堂、庫裏、鐘楼などからなるこぢんまりとした寺として存続しています。

飛鳥大仏

国の重要文化財に指定されている本尊の釈迦如来座像(通称、飛鳥大仏。銅像)は、617年(推古17年)に渡来人の仏師鞍作鳥(くらつくりのとり)によって造られた日本最古の仏像ですが、これも火災で全身罹災し、当初部分が残っているのは頭部と右手の一部だけということです。

寺の西には、大化の改新(乙巳の変)で暗殺された蘇我入鹿の首がここまで飛んできたと伝承される五輪塔があり、「蘇我入鹿首塚」と呼ばれています。今ではのどかな田園地帯が、古代には日本の国の血なまぐさい政争の中心地であったことが、何か不思議な気持ちにさせます。

井奥圭介

弁護士井奥圭介の寺社探訪(6)石上神宮(いそのかみじんぐう)

| 2026年1月14日

拝殿

▶ 所在地 奈良県天理市布留町384
▶ 創 建 (伝)崇神天皇7年
▶ 主祭神 布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)

大鳥居

▶ 大和盆地の中央、布留山(ふるやま)の北西麓に鎮座する日本最古の神社の一つで、古代の豪族物部(もののべ)氏の総氏神として信仰されてきました。「古事記」や「日本書紀」にもこの神社に関する記述があります。
 平安時代後期には、白河天皇が当社を崇敬し、現在ある拝殿(平安時代、国宝)は同天皇が宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進したものと伝えられています。
 中世に入ると、布留郷の鎮守となり氏子の信仰を集めましたが、強大化した興福寺と度々抗争を繰り返し、さらに戦国時代には、織田信長勢により社殿は破却され神領も没収されて、衰微しました。
 しかし、明治になると当社は官幣大社に列せられ、戦後は人事面で特別な扱いが認められる「別表神社」に指定されて現在に至っています。
 社殿としては、拝殿のほかに、摂社・拝殿(平安時代、国宝)、楼門(鎌倉時代、重要文化財)などが有名です。

井奥圭介

謹賀新年

| 2026年1月8日

新しい年が皆様にとって良い年となりますことを心からお祈り申し上げます。

さて、国内政治も国際関係も激動する中、弁護士業界は、比較的、ニュースになるような出来事が少ないように思いますが、それでも動きがないわけではなく、昨年中にちょっと話題になり一部のマスコミでも報道された出来事として、“当番弁護士の成り手不足”問題があります。

「当番弁護士」というのは、各地の弁護士会が、名簿に登録した会員弁護士の中からその日の当番を決め、刑事事件で警察に逮捕勾留された被疑者から依頼があれば、当番の弁護士が無料で接見に行き、黙秘権があることなど、被疑者の権利保護に必要なアドバイスをするという制度で、平成2年に大分弁護士会などが始め、2年後には全国の弁護士会に広がりました。

そして、こうした弁護士会の取り組みを受けて、平成16年に、それまで国選弁護人は起訴された被告人にしか付けられなかったのが、起訴される前の被疑者段階から付けられるように法改正がなされ、当番弁護士は被疑者の国選弁護人として活動し、その報酬も国(直接には法テラスという独立行政法人)から支給されるようになったのです。

このように被疑者・被告人の権利保護に大きな役割を果たしてきた当番弁護士制度ですが、近年、その名簿に登録する弁護士の数が減り、残った弁護士に過度の負担がかかっているというのです。名簿への登録者が減った最大の理由として、特に被疑者段階の国選弁護人は、最大20日間の勾留期間内に何度も警察に接見に行き、被害者と示談の必要がある場合もその期間内にまとめなければならないといったように、密度の濃い活動を要求される一方、支給される報酬はそれに見合ったものになっていないということがあげられます。それでも、これまでは登録弁護士のボランティア精神に支えられて何とか制度を維持してきましたが、それだけでは続かない状況に立ち至ったのです。そして、いったん登録者が減り始めると、残った弁護士への当番の割り当て回数が増え、ますます負担が増大して、その弁護士もやめていくという負のスパイラルに陥っていたのです。

そこで、私が所属している大阪弁護士会では、当番弁護士の年間の割り当て回数を8回の人と4回の人の2ランクに分け、過度の負担が嫌でやめていった会員弁護士には年間4回の方に登録してもらうことで復帰してもらうという対策を採ることになりました。根本的には国選弁護人の報酬を引き上げることが必要ですが、それが実現するまではこうした対策が功を奏することを期待するしかありません。

私も、この当番弁護士制度発足の当初から名簿に登録し、依頼があれば被疑者国選弁護人として活動してきました。昨年中も3件の依頼を受け、最後に受けた詐欺の事件では、15日間の間に5回、北摂地域の警察署に勾留中の被疑者に接見に行き、最後は日曜の夜に被害者宅まで車で示談金を届け、何とか不起訴に漕ぎ着けました。そうして、被疑者からはもちろん、被害者からも感謝されました。こうしたことがあれば、例えいただける報酬が少なくても、それなりに達成感を感じることが出来ます。

とは言うものの、近年、私も、確かに年間の割り当て回数が多く少々負担に感じるようになりましたので、昨年65歳になったのを契機に、今年度で名簿からはずしてもらおうと考えていました。しかし、当番弁護士の成り手が足りないという話を聞いて、来年度は年間4回の割り当ての方で登録を続けようかと考えている次第です。 2026年元旦  (弁護士 井奥圭介)

 (ニュースレター令和8年新年号より)

井奥圭介

弁護士井奥圭介の寺社探訪(5)興福寺(こうふくじ)

| 2025年9月12日

▶ 所在地 奈良市登大路町48番地
▶ 創 建 669年(天智8年)
▶ 開 基 藤原不比等(ふひと)

▶ 法相宗の大本山で、南都七大寺の一つに数えられています。
 開基は大化の改新の立役者である藤原鎌足の息子藤原不比等で、藤原氏の氏寺でもあります。
 元々は山背国山階(現、京都市山科区)に建てられた山階寺を起源とし、平城遷都(710年)に伴い、現在の地に移建されました。伽藍の造営は徐々に進められ、最後に南円堂が建てられ中心伽藍が完成したのは平安時代の813年でした。
 興福寺は、その後、何度にもわたって、平氏の焼き討ちなどによる焼失と復興を繰り返し、明治維新時には、廃仏毀釈の動きにより、築地塀・堂宇・庫蔵等の解体撤去が進められました。
 しかし、明治14年に再興が許可され、その後、戦争を挟んで、建造物や仏像などの修理が順次進められ、平成30年には伽藍の中心になる中金堂も再建されて、往時に近い姿を取り戻しています。
 国宝の五重塔は、高さ50.1mで、木造の五重塔としては京都の東寺に続いて2番目に高く、高さ制限の厳しい奈良県では今でも一番高い建物です。
 あと、興福寺と言えば、現在は国宝館に展示されている乾漆八部衆立像(奈良時代)、中でも阿修羅像は必見の価値があります。

(ニュースレター令和7年残暑号より)

井奥圭介

近況報告

| 2025年9月9日

35度を超える猛暑日が続くと、31~2度でも涼しく感じるのは不思議なものです。近時の夏の暑さは個人的に何とか出来ることではなく、暑さを受け入れて楽しむ術を見つけなくてはならないと思ううちに、今年の夏も終わろうとしています。
皆さん、まだまだ残暑が続きそうですので、ご自愛ください。

(ニュースレター令和7年残暑号より)

井奥圭介

弁護士井奥圭介の寺社探訪(4)法隆寺(ほうりゅうじ)

| 2025年5月22日

金堂・五重塔

▶ 所在地 奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1番1号4

▶ 創 建 607年(推古15年)

▶ 開 基 推古天皇・聖徳太子

夢殿

▶ 世界最古の木造建築として名の知られた聖徳宗の大本山です。
平成5年に、姫路城とともに、日本で初めてユネスコの世界文化遺産に登録されました。

そもそもは、推古(すいこ)天皇と聖徳太子が、先々代の用明(ようめい)天皇の遺願を継いで、寺と本尊の「薬師如来」を造ったのが起源と言われています。境内は広く、西院と東院、二つの伽藍に分かれ、西院伽藍には金堂や五重塔、東院伽藍には夢殿などが存立しています。さらに、金堂内には釈迦三尊像、薬師如来座像、夢殿内には救世(くせ)観音像などの仏像が安置されています。また、日本史の教科書にも出てくる百済観音像や玉虫厨子などは、現在は、平成10年に完成した大宝蔵院内に安置されています。

以上、名前をあげた建造物や美術工芸品は、いずれも国宝に指定されたものばかりで、国宝・重要文化財に指定されたものは、法隆寺全体で約3000点にのぼります。その数は、この寺が如何に大きな歴史的文化的価値を有しているかを示しています。

(ニュースレター令和7年GW号より)

井奥圭介

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