事務所便り

投稿者:井奥圭介

弁護士井奥圭介の寺社探訪(1)唐招提寺

| 2024年5月15日

 弁護士井奥圭介が趣味で訪れた寺社の案内をシリーズでお届けします。

 初回は奈良の唐招提寺です。

▶ 寺社名 唐招提寺(とうしょうだいじ)

▶ 所在地 奈良県奈良市五条町(近鉄西ノ京駅から徒歩約10分)

▶ 創 建 天平宝字3年(西暦759年)

▶ 開 基 鑑真

▶ 探訪日 令和6年4月7日(日)

▶ コメント 
 言わずと知れた鑑真和上の創建にかかる律宗の総本山です。
 南大門から入ってすぐ正面に見える金堂は、平成の大修理を経て、その優美な天平様式の偉容を示しています。そして、金堂の内部には、本尊の盧舎那仏座像を中心に、左右に薬師如来立像と千手観音立像(いずれも国法)が安置され、見る人を厳粛な気持ちにさせます。
 訪ねた日はちょうど桜が満開で、鐘楼脇の桜が見事に咲いていました。

(ニュースレター令和6年GW号より)

井奥圭介

郡山城跡の夜桜

| 2024年5月14日

 3月に入って寒い日が続いたため、桜の開花が、ここ数年に比べて、1~2週間遅くなったらしく、私が住んでいる奈良の大和郡山でも、4月第一週の週末に満開を迎えました。

そこで、妻と娘と3人で、地元の桜の名所、郡山城趾公園に夜桜を見に行き、数年ぶりに花見を楽しみました。  (弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和6年GW号より)

井奥圭介

書籍レビュー「弁碁士の呟き」

| 2024年5月13日

 人生の大きな喜びの一つは、一生を通じて楽しめる趣味を持つことでしょう。赤沢敬之先生にとっての囲碁は、まさにその見本のような例です。

赤沢敬之著「弁碁士の呟き」

 今般発刊された「弁碁士の呟き」は、赤沢先生自ら囲碁との出会いから現在に至る囲碁遍歴を赤沢・井奥法律事務所のホームページに2014年からコラムとして書き綴ったものを一冊の本にまとめたものです。 

 本書によれば、赤沢先生と囲碁との出会いは中学2年で故郷の徳島から大阪に家族で移り住んだ時にさかのぼりますが、本格的に囲碁の勉強を始めたのは大学4年で司法試験に合格してからとのことで、意外に遅かったと言えます。

 しかし、いったん始めてからは、持ち前の熱心さを発揮して、「ハメ手」の解説書やイソ弁として入所した山本治雄法律事務所のビルの老管理人などからの教授を得て、27歳で初段と、めきめきと腕をあげていきます。そして、赤沢先生の囲碁の研究はさらに古今東西の棋譜に及び、段位は50歳で6段に上がることになりますが、その経緯は本書の「棋譜並べ①~⑥」に詳しく書かれています。そして、最近では、スマホの囲碁アプリが修練の場になっているとのこと。赤沢先生の囲碁の実力はこのようなたゆまぬ研究に裏づけられたものであることがよく分かります。

 さらに、本書を読んで分かることは、囲碁の魅力というのは、単に競技自体の面白さにとどまらず、囲碁を通して人との交友関係が際限なく広がっていくということです。本書の中に囲碁の対戦相手あるいは同好の士として登場するのは、同業の弁護士、裁判官、検察官といった法曹はもちろん、プロ棋士、政治家、医師、雑誌編集者、さらには千日回峰行を達成された高僧と、実に多種多彩で魅力に富んだ方々ばかりです。そのような人たちとの囲碁を通してのつきあいが赤沢先生の人間の幅を広げているように思います。

 赤沢先生は、現在、こうした囲碁の魅力を後輩に伝えるべく、大阪弁護士囲碁同好会の会長や毎年の弁護士会囲碁大会の観戦記を弁護士会報に執筆するといった活動を続けておられます。私も、今から37年も前のことになりますが、当事務所に入所した当時に、赤沢先生から囲碁の教則本を渡されましたが、その時は囲碁が何やら古くさいものに感じて、ついぞ頁を開かずにいたことを、今となって大いに後悔しています。そのことをお詫びするとともに、赤沢先生には、今後も、どうぞお元気で、囲碁の魅力の伝道師として活躍されることを祈念します。 (弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和6年GW号より)

 

井奥圭介

近況報告

| 2024年1月24日

せっかく寺社の多い奈良に住んでいるので、寺社巡りを始めました。

最初は、9月10日(日)に、自宅から一番近くにある名刹の法隆寺を訪ねました。

残暑の厳しい日でしたが、釈迦三尊像、百済観音像、玉虫厨子などの有名な国宝を間近に見られ、また、あらためてこの寺の寺域の広さを実感しました。(弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和6年新年号より)

井奥圭介

近況報告

| 2023年9月12日

弁護団の一員とし9年にわたって取り組んできたノーモア・ミナマタ第2次近畿訴訟の判決がいよいよ9月27日に大阪地裁で言い渡されることになっており、今はそれに向けての準備に追われています。

私にとっては、酷暑の夏に続く“熱い秋”になりそうです。(弁護士 井奥圭介)

鹿児島、城山にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ニュースレター令和5年残暑号より)

井奥圭介

知られない善意

| 2023年9月8日

残暑お見舞い申し上げます。例年にも増して猛暑の夏が終わろうとしていますが、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

さて、我々弁護士の仕事に「刑事弁護」と言って、犯罪を犯した(正確には、犯罪を犯した疑いをもたれた)人の処罰を少しでも軽くするために活動する分野があります。

私は、刑事弁護をそれほど多く手がけているわけではありませんが、弁護士会が運営している刑事当番弁護士に登録されているので、年に何件かは刑事弁護事件を受任することがあります。といっても、私に回ってくるのは、殺人などの重大事件ではなく、窃盗や傷害などの比較的機微な事件がほとんどです。その中でもかなりの頻度であたるのが覚せい剤を使用、所持することを罰する覚せい剤取締法違反の事件です。

6月のとある金曜日の当番日にあたった事件もそんな覚せい剤取締法違反の事件でした。被疑者(仮に「Aさん」とします)は四国出身の40代の男性、高校を卒業して地元で働いていましたが、田舎暮らしが嫌になり、25歳の時に大阪に出てきました。大阪では解体業の会社で働いていましたが、40歳の頃にリウマチを発症して働けなくなり、それからは自動車の窃盗等を生業にしていました。また、20代後半の頃から、覚せい剤にも手を出すようになりました。覚せい剤の特徴は中毒性が非常に強いことで、一度手を出すとやめられず、何度も使用を繰り返す人が多いのです。Aさんも、ご多分に漏れず、これまでに覚せい剤取締法違反で4回裁判を受けて、3回服役しており、最後に刑務所を出てから3か月も経たないうちにまた覚せい剤を使って逮捕されました。

私は、Aさんの国選弁護人に選任され、大阪近郊の警察署に勾留されているAさんへの接見を続けました。Aさんは罪は認めていましたので、裁判になれば実刑の判決が言い渡されるのは確実で、3年以上の懲役が見込まれました。そこで、私が警察で接見した際にAさんとする話は、今回を最後に覚せい剤と手を切れるのかどうかといったことが中心となりました。その点は、来る裁判でのAさんの量刑にも関わることでした。

しかし、Aさんは、これまでの4回の裁判で、その都度、裁判官の前で、もう二度と覚せい剤を使用しないと誓ったはずですが、それでも覚せい剤を使用し続けてきたわけですから、仮にAさんが「今回で最後にする」と言ったとしても、その言葉には説得力がなく、おそらく裁判官もそう思うでしょう。

そこで、私は、Aさんに、率直に、現在の心境を聞いてみました。そうしたところ、Aさんは、これまでの覚せい剤を通した人間関係がほとほと嫌になった、まだ間に合ううちに自分の人生をやり直したい、と言うのです。そして、どこで知ったのか、受刑者との文通を通して受刑者の更生を支援している団体や受刑者の就職先を紹介している雑誌などの名前をあげ、私に関係資料を集めて差し入れてくれるよう頼みました。

それらは私が名前を知らなかったものばかりでしたが、Aさんの熱心な依頼に応じて、そのうちの一つで、被疑者が勾留されている警察や拘置所まで面会に行き、被疑者の更生に向けて相談にのったりする活動をしているという団体に電話したところ、実際にAさんに警察まで面会に行ってくれることになりました。さらに、その団体は、出所後の犯罪者の自立訓練や生活訓練を行い、裁判で有利な証拠として使えるように、その団体が服役後の被告人の受け入れ先になることなどを報告書にして提出するというような支援活動も行っているということでした。団体の事業費は国からの補助や支援者からの寄付等でまかなわれているようですが、事業の性質上、金が儲かることは考えられず、純粋に薬物中毒者の更生を支援するという善意の目的で活動している団体のように見受けられました。

世の中に目を転じると、世界ではロシアのウクライナへの理由無き侵攻が続き、国内でも、中古車買い取り業者が顧客の車に故意にキズをつけて保険金を水増し請求したり、母親が自分の娘に食事を与えず入院させて保険金を受け取るなど、人間不信に陥りそうな悪意に満ちた事件ばかりがニュースに流れています。

しかし、その一方で、同じ社会の中には、このように、決してニュースで報道されることはないけれど、他人のために献身的に働いている人たちがいるということは希望をもたせてくれます。

Aさんには、自分の人生をやり直すために藁をも掴む思いで探しあてた団体につながり、その力を借りて何とか覚醒剤の呪縛から逃れられることを願うばかりです。そのために、私も、弁護士として、少しでも力になればと思っています。 (弁護士 井奥圭介)

(ニュースレター令和5年残暑号より)

井奥圭介

生涯百山登頂

| 2023年5月10日

今年になってから、仕事の関係が、時間的にはやや余裕ができ、少なくとも日曜日は出勤しなくてもいい状況が続いています。

そこで、何か新しい趣味でも始めようかと思い立ちましたが、全くゼロから始めるのも大変な気がした矢先、東京で司法試験の受験生活を送っていた20代の頃に軽登山を始め、“生涯千山登頂”を目指していたことを思い出しました。

これは、一生涯の間に地図測量用の三角点が置かれた山頂を1000登破するというものですが、結局、弁護士になってからの仕事の忙しさにもかまけて、1993年、33歳の時に、27回目の山行をし、登破した山頂が39となったところで挫折し、それから30年間、登山からは遠ざかっていました。

自宅の押し入れをさがすと、30年前に使っていた登山道具がダンボール箱に入れたままになっていましたので、それを引っ張りだし、とりあえず、自宅のある奈良の近場の山から山行の計画を立て始めたところです。今や、残された人生で千山はとうてい無理ですが、せめて百山には到達したいものです。

今後、どうなるか分かりませんが、もし昔の趣味の復活となりましたら、また、この事務所だよりで報告したいと思っています。(弁護士 井奥圭介)

 

京都での司法修習時代。比叡山山頂にて。(1986.1)

井奥圭介

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